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東京高等裁判所 昭和50年(ツ)2号 判決

上告人

千須和登

右訴訟代理人

古屋福丘

被上告人

窪田久子

右訴訟代理人

志村桂資

主文

原判決を破棄する。

本件を甲府地方裁判所に差戻す。

理由

別紙上告理由第一ないし第三点について。

本訴請求は、上告人が本件建物の所有権に基づきその占有者たる被上告人に対し明渡しを求めるものであり、上告人が昭和二二年春ころ本件建物を新築してその所有権を取得したことは、原審において当事者間に争いのないところ、原判決は、被上告人の主張する同年五月一二日ころ訴外合名会社富士機械製作所設立に際し、上告人(原判決三丁裏一、二行目に被控訴人とあるのは控訴人の誤記と認める)において、東八代郡石和町市部地内八二〇番の一二所在木造板葺平家建居宅造込工場一棟床面積三六坪(一一九平方メートル)を現物出資する旨記載した定款が作成されたことおよび右会社設立の登記を経たことは当事者に争いがなく、右定款表示の建物と本件建物との同一性が証拠上認められることを判示し、かつ、本件建物が右訴外会社の機械製作工場の用に供されたことは当事者間に争いがないと判示して、そうだとすると、上告人は右訴外会社の設立に際し本件建物を同会社に現物出資したと認めるのが相当であり、従つて 上告人は右現物出資により本件建物の所有権を喪失したことになるから、上告人が右所有権を有することを前提とする本訴請求は理由がないと判断しているが、本件建物につき右定款記載どおり現物出資の履行が現実になされたかどうかについては、原判決は認定判断をしていない。

人的会社たる合名会社にあつても、一定の物件につき現物出資する旨の記載のある定款が作成され、会社設立の登記がなされただけでは、現物出資の目的物件の所有権が会社財産に帰属する効果は生ぜず、出資義務者の履行があつてはじめて所有権移転が生ずると解すべできあるところ、本件においては、第一審以来、上告人は、被上告人主張の右訴外会社設立および現物出資は心裡留保または通謀仮装のものであると主張し、現物出資の順行を争つているものと解される一方、被上告人においても、右現物出資がなされたとする時期以後本件建物を使用するにつき被上告人が上告人対し賃料の支払いを申し出て上告人がその賃料を受領した事実をもつて、賃貸借契約の成立を予備的に主張し、その立証方法として、被上告人または右訴外会社が昭和三〇年以降に及んで本件建物の賃料を上告人に支払つた旨の領収証(乙第三号証の二、三、五)を提出しているところであり、かつ、当事者双方の主張からしても、本件建物につき現物出資による右訴外会社への所有権移転登記を経ることのなしことも明らかな本件としては、右現物出資の履行の有無を明確に認定判断すべきであり、この点について何ら判示するところなく、上告人の本件建物の所有権喪失を断定する原判決は、審理不尽、理由不備の違法があるものといわなければならない。

上告論旨には、右違法の指摘が含まれているものと解されるから、本件上告は理由がある。よつて、上告理由中その余の点についての判断を省略し、民事訴訟法第四〇七条第一項により原判決を破棄し、前記の点につきさらに審理すべきものとして本件を原審に差戻すこととし、主文のとおり判決する。

(畔上英治 安倍正三 唐松寛)

(別紙)上告理由《省略》

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